現代社会は電力,通信を始めとする多種多様な電気の利用で支えられ,電気文明とも言うべき時代を画し,「高度情報通信社会」と呼ばれている。このように電気の利用により多くを享受する一方,我々の生活環境は様々な電磁界で満ちあふれ,その結果各種の電磁環境問題が発生し,電気,通信エレクトロニクス,情報各分野に多くの研究主題を課している。電磁環境技術委員会は,この様な社会背景に鑑み設置された委員会であり,その目的を日常的な言葉で表現するなら,「我々人類の生活圏における電磁界・電磁波の状態を的確に把握し,妥当な生活環境を実現するための方策を模索する」ということになるであろう。
そもそも,環境電磁工学という学問・研究分野が,欧米から平行輸入する形で我が国の電気電子関連工学者のコミュニティーに取り入れられたのは1970年代後半から1980年代前半にかけてであり,以後今日に至るまでの四半世紀,関連研究者・機関で富に活発に研究されているのは事実である。しかしながら,「環境電磁工学」と邦訳されている本来英文表現「Electromagnetic Compatibility」には,一切「環境」という意味は含まれてはおらず,正確には「電磁両立性」とでも表現するのが正しい。つまり先に示した日常的表現で「完全な」ではなく「妥当な」を強調して記述した真意はここにあり,「完全な解」を得ることは非常に難しいとElectromagnetic Compatibility を創めた欧米の研究者達が認識していたであろうと推論したがゆえ,いささか迂遠な表現をしたのである。言い換えれば,「電磁環境技術」とは,極めて日本的かも知れぬが,いわゆる「落とし所(Compatibility)」を探る技術に他ならないという点を強調したいのである。
電気電子機器を使用しない状態においても電界は存在しているだけでなく,言い古されていることではあるが,今日の高度情報通信社会を享受している現代人にとって,完全に電磁界・電磁波の存在しない環境は,空気のない地球と同等とも言えるかも知れず,機器の使用を考えた場合は「落とし所(Compatibility)」を考える以外には社会が成り立たないといっても過言でない。だからこそ「環境電磁工学」の学問・技術としての存在意義があり,我々人類にとって21世紀を「優しい」環境の世紀として維持してゆくためには必要不可欠な学問・技術であると考えたい。
翻って,わが国に「環境電磁工学」が輸入されて以後の四半世紀の活動・成果を総括するに,電磁環境の議論の前提に「被害者」と「加害者」という対立の構図が先行して存在しており,電磁界発生が即悪というような捉え方がされているため,Compatibilityを考えるという点からは,かけ離れているとの印象が強い。 その結果とでもいうべきであろうが,多くの問題・課題に対しての「対症療法」的研究が主流で,得られている技術的成果の多い反面,先達には申し訳ないが,学問としての系統だった理論的展開は希薄で,まだまだ未熟であるといえそうである。このことがこの電磁環境分野に,若手研究者の興味を示す傾向が低い一因となっていると考えられる。そこで今回環境電磁技術委員会の中期目標策定に当たり,大それた目論見と考えつつも,Electromagnetic Compatibility の原点に立ち戻って考え「1. より完成度の高い学問体系の構築を目指す」とともに,「2. 若手研究者をこの分野により多く引き入れる」ことを目標としてみたい。
電磁環境技術(以後EMCと略す)を支える三要素として,環境電磁界の状態を明らかとするための「計測」,環境電磁界の状態を記述および理解するための「理論」,そしてCompatibility を達成するための「技術」を上げることができる。
これらの内「計測」は,EMCを考える出発点であり,電磁界・電磁波計測や観測抜きにしては物理現象を対象としているEMCの議論展開はあり得ない。加えて,新しい計測法,より正確な計測法,簡易な計測法等々,まだまだ研究・開発の余地がありそうである。一例として,電磁波暴露による体温の上昇といった具体的な問題を考えてみても,「単位体積あたりの電磁波吸収量を考える際の単位をいくらとするのが妥当か?」といった問題が議論されているのが実情であり,これらの諸量をどのように計測するのかを,言い換えれば,「体内の温度分布をどれくらい精度よく,希望する時間・空間分解で計測するのか?」考えねばならないといった問題がある。一方,理論という側面から考えるとき,マックスゥエルの方程式の数値解法により,ある種の人体モデルに対し電磁波の吸収量や温度分布を定量的に求めることができる事は事実である。しかしより精密な温度分布の推定には,より精巧な人体モデルを用いる必要があり,人体モデルを構成する諸パラメーターを,計測により明らかにすることが求められる。いわば「計測」と「理論」は相補的とも,互いにフィードバックを掛け合っているとも言えそうである。計測により求められた電磁界・電磁波諸量と,暴露される側の許容量を比較し電磁界・電磁波を抑制する技術や,許容量をより高くする技術が,最後に上げた「技術」である。工学という立場からは,この「技術」が一番なじみやすく,当然成果も多い。前述のように,必ずしも「Compatibility」に基づいているとは言えないまでも,あまり好ましくない電磁環境下でも正常に動作するIC,不要電磁波を抑制したPC,電磁波を吸収する電波吸収帯等々,成果の例を上げれば限りがない。
この様に考えると,過剰防衛気味の「技術」が先行し,「計測」や「理論」が若干遅れ気味といえそうであり,互いの結びつきは電気回路で言う Weak Coupling であると結論できそうである。それゆえ,電磁環境技術委員会では,上記の三要素がより高い水準となるよう努力することは勿論,真のEMC確立を目指すため,三要素の有機的な結合,互いのフィードバックを配慮してゆきたい。このため,電磁環境技術委員会傘下調査専門委員会間の連携はもとより,他技術委員会,他部門の関連委員会,加えて他学会等々との連携を深めることを目標として掲げる。たとえば,A部門の電磁界理論技術委員会と連携し,同委員会の成果としてもたらされるであろう,新しい数値解法を積極的にEMCに取り入れることを考えている。そのほかD部門にはEMCを対象とする委員会があり,パワーエレクトロニクスに関わるEMCが研究されている様であるから,連携を図ることによる互いの利益は大きい筈である。可能なら共同の研究会開催を計画して,それぞれの知見を交換したい。さらに,EMCは学際的な学問・研究分野の典型的な例であるとよく言われることから,他学会とも協力して行きたい。先に上げた,電磁波と生体の問題など,EMCが可能とする医工連携の一例である。
本委員会の活動によって次のような効果が期待される.
本技術委員会の取り扱う主な分野は次のとおりである.
本委員会は,次のような活動を行う予定である.
活動範囲の発生要因,実態,計測技術,対策技術などから調査専門委員会を順次設立する。
電子情報通信学会の環境電磁工学研究専門委員会(EMCJ委員会)との研究調査の協力など。
[[電気学会 電磁環境技術委員会]]